『窮鼠はチーズの夢を見る』行定監督が語る「ひとつの恋愛映画の到達点」

2020.9.10

多くの女性から圧倒的な支持を得ている水城せとなの傑作コミック「窮鼠はチーズの夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」を、主演に大倉忠義、そして成田凌を共演に迎え実写映画化。恋に溺れていくふたりの男性の葛藤や強い嫉妬心、そんな複雑な感情を痛いほどリアルに、時に美しくスクリーンに焼き付ける。メガホンを取るのは、日本を代表する映画監督・行定勲。揺れ動くふたりの狂おしくも切ない恋を、繊細かつ大胆に描き出す。今回はその行定監督を迎えインタビュー。「ひとつの恋愛映画の到達点」と自負する本作の魅力とは?

――同性同士の恋愛を題材にした原作ですが、どういったところに焦点を当て映画化しようと思われましたか?
「原作の漫画を読んだ時にBLというよりはこれまでに僕が描いてきたようなラブストーリーと同じだと思えて、その感じがすごく良いなと。LGBTQをテーマに映画にすると、ほとんどが社会における彼らの生き辛さみたいなことが焦点になりがちで、もちろんそういった側面は承知の上ですけど、もっとリベラルに人間の生きる様を描きたいというか。人が人に影響を与えることや、好きになる気持ちというのは、社会の弊害をも乗り越えられるし、むしろ恋愛の方が死ぬほど苦しいことが多くて。 “生きていく”というテーマの中で、恋愛は蔑ろにできないけど、それが男同士であるがゆえに、愛の形について余計に向き合わなければいけない。そんな大切なものがこの原作から見えたような気がしたので、そこに焦点を合わせて臨みました。
――恭一役を演じられた大倉さんは、今ヶ瀬に対する気持ちが変化していく様が実に繊細でした。役作りについてどのようなお話しをされましたか?
「基本は丸腰で臨んでもらっていたと思います(笑)。ゲイではない恭一が直面する状況において、そこで起こる衝動を時に表に出したり、逆に逡巡してみたり。そういう気持ちを掴んだ上で、あとは対峙する人たちに翻弄されていく感じが重要だから、場合によってはジタバタするような描写になりがちで、演じる人によってはそれを表現しようとすることもあるんです。でも大倉君はそういうんじゃないです。そもそも本人がちょっとわかりにくい人間で、奥底に何か持っているような感じがあり、本質が見えないからもっと知りたくなる。そんなこともあって脚本家が大倉忠義をイメージして書いていたので、原作とは少し違うんだけど、彼のミステリアスな部分をキャラクターに残した方が、人って惹かれるんじゃないかなと。表面的には笑顔も素敵で優しい、でも心がどこか乖離しているような。その奥底が見えないからこそ惹かれるし、もっと知りたくなるし、恭一自体に大倉君のミステリアスな部分が加わることで、人が演じる意味が見えて、それがリアリティを生んでいる気がします」
――役者さんの個性を活かし、よりリアリティを出すために、映画としてあえて削ぎ落としている部分もあるような印象がありました。
「余白をきちんと作って、観る側が寄り添ってどれだけ感情を想像できるかが大切かなと思ったんです。漫画は言葉で表現しないと絵だけでは伝わらないから、時に饒舌になりすぎるし、そこにモノローグみたいな説明が足されるからこそ心情が理解できる。それが漫画文化のひとつのあり方だと思うんです。でも映画では、その説明を全部排除するところからスタートしました。なぜなら予め観る人がその心情を知ってしまうとつまらないものになってしまう。映画は心情を観客が探っていくものだし、スクリーンに映っている姿を観てそれぞれが何かを感じ取る。恋愛映画って、キャラクターの心情を必要以上に説明してしまうものがありがちですが、そういうものにはしたくないと思いました」
――心情の説明がないからこそ、想像してその気持ちに寄り添おうとする感覚はありました。
「男が男を好きになって、自分のものにしようと色んな策を練って、恭一を自分のものに引き込もうとする今ヶ瀬。それを阻もうと現れる女たち。それでもその女性たちが凌駕されていくという展開。その違和感というか、罪のようなものをふたりの男が背負っていく姿を描けたらと思っていたので、特に後半は僕がやりたかった恋愛映画のひとつの到達点が見えたような気がします」
――恭一に想いを寄せる今ヶ瀬役の成田凌さんの演技も魅力的でした。
「心情が行動や表情を作り出すと思うんです。ゲイであることを女性とは違う特別感を自分で持っていないと、恭一の気持ちも勝ち取れない。そういう強めの気持ちのキャラクターを成田君に冒頭から演じてもらいました。好きな人を前にすると、気持ちが膨れる心情を彼自身が作っていって、その後、同棲を始めるというプロセスがあるんですが、気持ちがだんだん解放されていくと、彼が女性的に見えていくんです。その中性的な感じは、やろうと思ってやっているのではなく自然とそういう風になっていく。女性的な声や上目使いの視線、心情が体をなしていくようなお芝居は、演出をしているわけじゃなく、自然とそんな風になっていきました」
――ラブシーンでは、演者の覚悟を感じましたが、監督はどういったところにこだわりを持たれましたか?
「この映画において、男性同士のセックスシーンを抜きには描けないというところから始まっていたので、役者陣もそれは理解できていました。ひとつの恋愛のプロセスを丁寧にやることで、男同士が結び付く可能性みたいなものがあるという理解に繋がるかなと。それを描写することで、前後で変わる態度とか心情がすんなりと入ってくると思っていたので、特に行為後の朝のシーンは、一番描きたかった部分でもあります。成り行きで行為に踏み込んだふたりが、素っ裸で戸惑いはありながらも、同性だからそのままの姿でいられる感覚。同性愛のあり方に向き合い出す入口になると良いなと思っていました。あのシーンは僕自身も好きですし、この映画の要でもあったので、朝日の差し込み方やベッドと台所の位置関係とか、細部にまでこだわりました」
――これまで数多くの、そして個性的な恋愛映画を撮られてきた監督がこの作品で感じられたことは?
「特別な感情というよりは、これまで撮ってきた恋愛映画の延長上にあるものでした。ただ今までは、僕個人が心に刺さったり、心情が理解できたりするものが中心でしたが、今回は思いもしないことが自分の身に起こって、でもその居心地が悪い訳じゃないという気づきから、だんだんと身を任せていった時に果たして恋愛感情みたいなものが生まれるのかを演出しながら役者と共に追体験している感覚でした。僕は恭一の視点に常にいたと思うけど、成田君が演じた今ヶ瀬の可愛らしさみたいなものが見て取れると、寄り添える感情が明確に見えるんです。端的に言えば男同士って良いもんだなと。恭一と今ヶ瀬が屋上でジャレ合うシーンにそれがよく表れていて、セクシャリティはどうやって生まれるのかということも考えましたし、もちろん本能として異性を好きになる感情も理解しているけど、きっかけによっては違う感情が抱けることもあって。そういうことってやっぱり未知だなと感じることがこの作品を通してありました。今回R15指定だから、そういうことを高校生から観ることができるのは、すごく良いことだなと思います。この映画を通して恭一と今ヶ瀬が、特別な愛と必死に向き合ったことが少しでも伝われば嬉しいです」

STORY

学生時代から「自分を好きになってくれる女性」ばかりと受け身の恋愛を繰り返してきた、大伴恭一(大倉忠義)。ある日、大学の後輩・今ヶ瀬渉(成田凌)と7年ぶりに再会。「昔からずっと好きだった」と突然想いを告げられる。戸惑いを隠せない恭一だったが、今ヶ瀬のペースに乗せられ、ふたりは一緒に暮らすことに。ただひたすらまっすぐな想いに、恭一も少しずつ心を開いていき…。しかし、恭一の昔の恋人・夏生(さとうほなみ)が現れ、ふたりの関係が変わりはじめてゆく。

『窮鼠はチーズの夢を見る』2020年/日/130分(R 15+)

監督
行定勲
原作
水城せとな「窮鼠はチーズの夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」
(小学館「フラワーコミックスα」刊)
出演
大倉忠義、成田凌、吉田志織、さとうほなみ、咲妃みゆ、小原徳子、他

※9/11(金)より全国公開

http://www.phantom-film.com/kyuso/

© 水城せとな・小学館/映画「窮鼠はチーズの夢を見る」製作委員会

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